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大阪地方裁判所 平成3年(行ウ)63号 判決 1995年12月21日

原告

西岡賢

右訴訟代理人弁護士

岩田研二郎

桐山剛

被告

浪速税務署長

津村俊雄

右指定代理人

野中百合子

外三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が平成元年一二月二〇日付でなした原告の昭和六一年分所得税の総所得金額を五〇九万三五一二円、過少申告加算税を二万三五〇〇円、昭和六二年分所得税の総所得金額を三一一万八四八四円、過少申告加算税を一万五〇〇〇円、昭和六三年分所得税の総所得金額を四八〇万一六四〇円、過少申告加算税を三万一〇〇〇円とする各更正処分及び各賦課決定処分のうち、右各更正処分中、総所得金額が、昭和六一年分は一八五万五〇〇〇円、昭和六二年分は一六一万二五〇〇円、昭和六三年分は一七八万七二〇〇円を超える部分並びに各賦課決定処分を取消す。

第二  事案の概要

一  本件は、電気配線工事業を営む原告が昭和六一年分ないし昭和六三年分の所得税について確定申告をしたところ、被告が反面調査によって把握した原告の売上金額をもとに同業者所得率を用いて原告の事業所得金額を推計し、それぞれ更正処分及び過少申告加算税の賦課決定を行ったのに対し、原告が、被告の右各処分は推計の必要性及び合理性を欠くものであり、原告の事業所得金額を過大に認定したものであるとして、その実額を主張して右各処分の取消を求めたものである。

二  争いのない事実

原告は、「共栄電気工業所」の屋号で電気配線工事業を営むいわゆる白色申告者であり、昭和六一年分ないし昭和六三年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税についての課税の経緯は別表1のとおりである。

三  原告の本件係争各年分の所得金額についての被告の主張

被告は、原告の本件係争各年分の事業所得を別表2―1ないし2―6記載のとおり推計の方法により算出した。このうち、「売上金額」は、被告が現時点において把握し得た原告の本件係争各年分の売上金額であり、「平均算出所得率」は、原告の事業所の所在地を管轄する浪速税務署及びその周辺地域を所轄する税務署内の同業者のうちから原告の事業内容に基づき設定した抽出基準に該当するすべての者の所得率の平均値である。そして、「売上金額」に「平均算出所得率」を乗じて「算出所得金額」を算出し、これから「特別経費の金額(利子割引料)」及び「事業専従者控除額」を控除して「事業所得の金額」を推計したものである。

従って、右の「事業所得の金額」の範囲内でなされた別表1の「更正処分等」欄記載の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及びこれに伴う過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)はいずれも適法である。

第三  争点

一  推計の必要性について

1  被告の主張

被告は、原告の本件係争各年分の所得税の各確定申告書に記載された所得金額が適正なものであるか否かを確認するため、部下職員をして、原告の所得金額等の調査に当たらせたものであり、右職員は原告の事業所に臨場し、原告に対し帳簿書類の提示を求めるなど再三にわたり原告に対して調査に協力するように要請したが、原告の協力が得られなかったため、被告は、やむを得ず推計により算定した所得金額で本件各更正処分を行ったものであり、被告の調査に違法はなく、本件において推計の必要性があったことは明らかである。

2  原告の主張

原告は、その事業における売上、仕入及び経費等については、いずれも伝票を作成し、これに基づいて帳簿に記帳していたものであるところ、被告部下職員は、原告が調査を拒否していないのに、具体的な調査理由を説明せず、原告の加入している浪速民主商工会の役員、事務局員の立会いを理由に原告の帳簿等の調査を行わず、一方的な反面調査により推計課税をなして本件各更正処分を行ったものである。

被告は、昭和六三年六月までは民主商工会の役員や事務局員の立会調査を認めながら、同年七月から方針を変更し、立会いを拒否するようになった。これは、あくまで立会いを求める会員に対しては、それを理由に調査を拒否して一方的に反面調査などにより過大な更正処分をかけ、会員への見せしめとするという組織弱体化の意図に基づくものであり、本件も当時の民商攻撃の一環として組織的になされたものである。

したがって、本件においては推計の必要性はなく、本件各処分は違法である。

二  推計の合理性について

1  被告の主張

被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計するに当たって抽出した同業者は、以下の抽出基準、すなわち、①原告の事業所所在地を所轄する浪速税務署管内及びその周辺地域(大阪市南西部)を所轄する西、港、南、天王寺、阿倍野、西成及び住吉の各税務署管内において事業所を有し、②電気配線工事業を他の業種目を兼業することなく営む青色申告者で、③本件係争各年分を通じて事業を継続し、④その売上金額が八〇〇万円以上、三三〇〇万円未満の額(被告が把握し得た原告の本件係争各年分の売上金額を基に、上限を昭和六三年分の約1.5倍、下限を昭和六二年分の約0.5倍としたものである。)であり、⑤事業専従者が一名若しくは事業専従者がいないこと等の条件を満たす者等の抽出基準をもって、機械的にこれに該当するすべての者を抽出したものであり、その抽出に当たって恣意の介入する余地はなく、原告との業種業態の類似性、事業場所の近接性、事業規模の類似性及び数値の正確性等推計の基礎的要素を充足していて、抽出された同業者も二一名に及び、右各同業者の平均算出所得率は正確性と普遍性を担保されている。

業態の差異により所得率が異なるとの原告の主張は、何ら合理的な根拠を有しない。また、本件においては、その抽出同業者のほとんどは原告と同様、材料を当該業者が仕入れているものである。

したがって、右により算出された平均算出所得率を用いて原告の本件係争各年分の事業所得の金額を推計したことには合理性がある。

2  原告の主張

電気工事業者の場合、工事材料の調達に関しては、原告のように工事材料について当該業者が仕入れて施工する業態と、材料は元請が支給し労働力のみ提供する業態があり、後者に比較して前者の所得率は大幅に低いのであるが、被告は、このような業態の違いによる算出所得率の違いを無視して平均算出所得率を算出しているのであって、推計の合理性を欠く。

三  実額による所得金額の主張について

1  原告の主張

原告は、営業に伴う記帳業務として、売上帳簿、仕入帳簿、経費帳簿を備付けており、各帳簿に基づく本件各係争年分の売上、仕入及び経費等の実額及びこれによる事業所得金額は別表3記載のとおりである。右帳簿は日常の出入金伝票、領収書、振替伝票などに基づき正確に記帳されており、信用性が認められる。

2  被告の主張

所得の実額を主張して推計課税の違法性を争うには、その主張の収入金額がすべての取引先からのすべての取引についての収入金額(総収入金額)であり、かつ、経費の額がその収入金額と対応する経費であることを合理的疑いを容れない程度に立証する必要がある。

しかしながら、右の売上帳簿には売上の記載漏れがあることは原告の自認するところであり、その記載態様からしてもこれが正確に日常の売上を記帳したものとは認められず、その記載の前提となる請求書控や納品書控等の提出もなく、原告主張の売上額が本件係争各年分のすべての売上額ではないことが疑われる。一方、原告主張の必要経費についても、事業とは関係のない家事関連費や必要経費に算入できないものを含めて必要経費として計上しているほか、給与賃金として主張する額も正確性を担保するものはない。そして、事業形態にはほとんど変化がないにもかかわらず、原告が主張する本件係争各年分の売上原価率には大きなばらつきがあることも原告主張の売上額及び必要経費の数額の不自然さを物語るものである。

したがって、原告の実額反証が十分に尽くされたものとはいえない。

第四  争点に対する判断

一  推計の必要性について

1  甲第二、第三号証、乙第二四号証、証人西岡順子、同宮本孝の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件係争各年分に係る原告の確定申告書には、所得金額の記載しかなく、売上金額や収支内訳書等の記載、提出がなかった。

(二) 浪速税務署においては、上席国税調査官の宮本孝(以下「宮本調査官」という。)が中心となり、原告の本件係争各年分の所得税調査を行った。

(三) 宮本調査官ほか一名は、平成元年八月二二日午前一一時ころ、大阪市浪速区久保吉二丁目一番六四号所在の原告事業所に赴き、原告に対し、本件係争各年分の所得税の調査に来た旨述べた上、帳簿書類を見せて欲しい旨求めたところ、原告は帳簿書類は近くにある自宅に置いてあるが、今日は忙しいので調査は後日にしてほしい旨述べたので、後日調査を行うこととし、具体的な日時については追って連絡する旨伝えて辞去した。

(四) 宮本調査官は、同月二四日、原告事業所に電話し、原告に同年九月四日午前一〇時ころ事業所を訪問したい旨伝えたところ、原告はこれを了承した。しかし、同年九月一日に原告から宮本調査官に電話があり、同月四日は都合が悪くなったので、調査期日を同月八日午前一〇時ころに変更してほしい旨要請があり、同調査官はこれを了承した。

(五) 宮本調査官ほか一名は、同月八日午前一〇時ころ、原告事業所を訪問したところ、原告及びその妻順子(以下「順子」という。)の他に原告の所属する浪速民主商工会の栄弥四郎副会長及び森善也事務局員が同席していたので、右二名の退席を求めた。これに対し、原告は右二名を調査に立ち合わせてほしい旨述べたので、同調査官は、調査に関係のない第三者がいると守秘義務違反になるおそれがあることを説明し、重ねて右二名の退席を求めたが、原告はこれに応じないで、今度は自分がなぜ調査の対象となったかを尋ねた。同調査官は、申告された所得金額が正確かどうか確認する必要がある旨答えたが、原告は納得できないとして押し問答になり、同調査官が原告に帳簿書類の提示を求めても、原告は納得できないから見せられないと述べ、これにも応じなかった。そこで、同調査官は、税務署の側で調査を進めるので、帳簿書類を見せてもらえるならば連絡してほしい旨述べて、原告事業所を辞去した。

(六) その後原告からは連絡がなく、宮本調査官は、同年一〇月一二日に再度原告事業所を訪問したが、不在であったので、第三者の立会いがあれば調査の進展が図れないので、第三者の立会いなしに調査に協力し、所得金額の計算の基礎になった帳簿書類を提示してほしい旨記載した「連絡せん」を投函しておいたが、その後も原告から連絡はなかった。そして、本件係争各年分の所得金額に係る取引先の反面調査の結果、原告の申告額と調査額とに差が出たため、宮本調査官は、このことを説明するために、同年一二月四日に三たび原告事業所を訪れたが、やはり不在であったので、調査による所得金額と原告の申告所得金額との間に差異が認められ、修正申告の必要があると思われるので、同月六日午前九時ころ必要な帳簿書類等を必ず持参して被告税務署に来署されたい旨記載した「連絡せん」を投函した。

(七) 同年一二月五日に原告から宮本調査官に電話があり、同月六日は仕事の都合で行けないので日時を変更してほしい、同月一二日であれば時間がとれるので、同日午後三時ころ事業所に来てもらいたいとの申し出があったが、同調査官は第三者がいると話ができないのでその日時に来署されたい旨要請したところ、原告はまた連絡するということで電話を切った。その際、同調査官は、原告に対し、調査の結果によると原告の本件係争各年分の所得金額が増加することを具体的に数字を示して説明するとともに、申告の基礎になった帳簿書類等により説明してもらえず修正申告にも応じてもらえなければ、更正処分をすることになる旨述べた。

(八) 同月一二日に原告から宮本調査官に電話があり、忙しいので事業所に来て欲しいとの申し出があったが、同調査官は、前回のように調査の場に第三者が立ち会うと調査が進展しないので、来署してほしい旨要請し、本人が来署できないのなら帳簿類を記帳している順子に来署して説明してもらってもかまわない旨述べたが、原告はこれを拒否するので、帳簿書類等により説明してもらえず、修正申告にも応じないのであれば更正処分をせざるを得ないことを重ねて説明し、来署の上帳簿書類等で説明してもらいたい旨要請すると、原告は、検討する旨返答したが、その後原告からは何らの連絡もなかったため、被告において本件各更正処分及び各賦課決定処分をなすに至ったものである。

2  以上によれば、宮本調査官らが原告の事業所を訪れて本件係争各年分の所得金額の確認のためである旨を告げて調査に協力を求めたのに対し、原告は、税理士でない第三者の立会いを求めたり、あるいは、なぜ原告が調査対象となったかの説明を執拗に求めたりして調査が進められない状況に陥らせ、その後も宮本調査官が原告に対し繰り返し帳簿書類等に基づき説明を求めてもこれに協力しなかったということができるから、被告においては、調査により把握し得た原告の売上金額に基づき推計の方法によって本件処分を行わざるを得なかったものというべきである。

順子は、その証人尋問において、平成元年一二月五日に宮本調査官に電話をかけて、同月六日には税務署には行けないので帳簿を用意しておくから午後三時に原告事業所に来てほしいと申し出たところ、同調査官がこれを了承したので、当日は民主商工会に立会派遣も求めず、帳簿を用意して待っていたにもかかわらず同調査官は来なかったと述べ、原告本人も同様の供述をするけれども、右の各供述の内容は一連の経緯に照らしても不自然といわざるを得ず、これを採用することはできない。

そして、原告本人尋問の結果及び甲第三九、第四〇号証には、浪速税務署においては、昭和六三年七月以降、それまで税務調査の際に認めていた浪速民主商工会の事務局員の立会いを拒否するようになったが、平成三年七月以降は再びその立会いを認めるようになったとの供述部分がある。

しかし、所得税の税務調査において、第三者の立会いを認めるか否か等調査対象者に対する質問検査の具体的な方法、内容、程度については、調査を担当する税務職員の合理的な裁量に委ねられているのであり、本件において、宮本調査官らが原告の所得税調査に当たり税理士でない第三者を立会わせることを拒否したのは、当該調査が原告及びその取引先の秘密事項にもわたる可能性があると考えたためであるというのであるから、右裁量判断には合理性があるというべきであるし、その他宮本調査官らの本件の税務調査において、同調査官の判断に裁量の範囲を逸脱していると認められるような事情も存在しない。

以上によれば、原告の本件係争各年分の所得税額の認定については、推計の必要があったものと認められる。

二  推計の合理性について

1  被告は、原告の売上先に対する照会等により被告が把握し得た原告の本件係争各年分の売上金額は別表2―1記載の「売上金額」欄記載のとおりであると主張するところ、原告の主張する売上金額は別表3記載の「売上金額」欄記載のとおりであるから、原告の売上金額は本件係争各年分とも被告主張額を下回るものでないことは明らかである。

2  そして、甲第三七号証、乙第一ないし第一六号証及び証人小林正喜の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計するに当たって、大阪国税局長は、原告の事業所の所在地を管轄する浪速税務署及びその周辺地域を管轄する西、港、南、天王寺、阿倍野、西成及び住吉の八税務署長に宛てて一般通達を発し、本件係争各年分を通じて、次のいずれの条件にも該当するすべての者の本件係争各年分の①売上金額、②売上原価及び一般経費(特別経費、すなわち建物の減価償却費、利子割引料、地代家賃、貸倒金、税理士報酬、固定資産等の除却損は含まない)の額、③算出所得金額(①―②)及び、④事業専従者の続柄及び給与金額を報告するよう求めた。

(1) 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること

(2) 電気配線工事業を営んでいること

(3) 右(2) 以外の業種目を兼業していないこと

(4) 事業者が浪速、西、港、南、天王寺、阿倍野、西成及び住吉の各税務署のいずれかの管内にあること

(5) 年間を通じて事業を継続して営んでいること

(6) 売上金額が八〇〇万円以上三三〇〇万円未満であること

(7) 事業専従者が一名であるか若しくは事業専従者がいないこと

(8) 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと右(6)の売上金額の範囲は、被告において把握した原告の売上金額がもっとも少ない昭和六二年分の約半分から最も多い昭和六三年分の約1.5倍に相当する範囲としたものである。

(二) その結果、右の条件を満たす同業者として二一名の同業者が抽出された。右同業者の売上金額、算出所得金額、算出所得率及び右算出所得率の平均値は別表2―3ないし2―5記載のとおりである。

(三) 被告は、前記1によって把握した原告の売上金額に右(二)の同業者の平均算出所得率を乗じて得た額に、別表2―6記載のとおり被告が調査により本件係争各年分の特別経費(利子割引料)として認めた額を加え、さらに昭和六二年分については、原告が同年分の確定申告書において記載した事業専従者控除額六〇万円(その他の年分については事業専従者控除の申告はない。)を控除した額を原告の事業所得の金額として算出した。

3  右2によれば、右の抽出基準によって抽出された同業者は、原告の事業と事業内容、事業地域、事業規模等において類似性を有し、いわゆる青色申告業者であることから金額の正確性も担保されているものということができる上、個々の事業者の所得率のばらつきを平準化するに足る数であり、その抽出過程に恣意の入り込む余地はないことから、これによる推計の方法は合理的なものと認められる。

そして、右特別経費(利子割引料)については、原告の主張する額は別表3記載のとおりであり、被告の主張額を上回るものであるが、原告が右主張を裏付ける証拠として提出する甲第五号証の九及び第一七号証(以下、甲第六ないし第二四号証については、特に断らない限り枝番の表示を省略する。)(右特別経費に係る帳簿及び伝票等)の記載からは、その明細や原告の事業との関連性が明確でなく、必要経費と認められるか否か明らかでないものも含まれているのみならず、仮に原告主張額全額が必要経費であるとしても、これによって算出される原告の事業所得の金額は本件各更正処分におけるそれをいずれも優に上回るものである。

ところで、証人小林正喜の証言及び原告本人尋問の結果によれば、電気配線工事業においては、材料を元請から支給を受ける業態と自ら材料を仕入れる業態とがあり、原告は、主として後者の方法によっていたことが認められるけれども、右業態の違いにより所得率に顕著な差異が生ずるとする原告の主張を支持するものとして原告から提出されている甲第四三号証もその数値の根拠自体どこまで信用できるものかも疑わしい上、同証人の証言によれば、本件において抽出された業者もそのほとんどが自ら材料を仕入れている業者であることが認められるから、業態の差異を指摘して推計の合理性を欠くとの原告の主張は理由がない。

そうすると、後記三の実額による立証が認められない限り、原告の本件係争各年分における事業所得金額はいずれも本件各更正処分における事業所得金額を下回るものではないことは明らかである(なお、昭和六二年分の事業所得については、原告主張額が本件更正処分における金額を上回っている。)。

三  実額による主張について

1  原告は、帳簿書類等の記載に基づき、原告の本件係争各年分の売上、仕入及び経費の各実額を主張する。

ところで、推計課税は、収入金額及び必要経費額を最もよく知っている立場にある納税義務者の協力を得られない等のために、税務当局が実額を調査し、これによる課税をすることができないときに、やむなくこれに代えて行われるものであるから、納税義務者が実額を主張して推計の方法による課税処分を争う場合、右実額を主張する側において、当該年分におけるすべての収入を主張立証し、かつ、これに対応する支出の額を主張立証すべきものである。

2  甲第四号証、第五号証の一ないし一四、第二七号証、検甲第一ないし第三号証及び証人西岡順子の証言(甲第三七、第三八号証を含む。以下同じ。)によれば、原告の事業についての金銭の管理、伝票作成、帳簿記入等の経理は順子が行っていたこと、帳簿として売上、仕入、旅費交通費、給料、雑費等の項目に分けて収入及び経費を記載されたバインダー式の元帳(以下「帳簿」という。)が存在していること、さらに、順子は、原告の事業の出入金については週一、二回の割で振替伝票を作成し、これに基づき毎月末に帳簿に記載していたのであるが、これらの記載はすべて鉛筆書きでされており、しかも日付が前後している箇所もあること等が認められるのであって、後記の3ないし5の認定事実関係とも照らすと、原告の売上、仕入及びその他の経費の額が正確に帳簿に記載されているものとは到底認められないし、原告の主張する売上金額並びに仕入及びその他の経費の額が、それぞれ本件係争各年分の原告の事業に係るすべての収入及びこれに対応する支出であると認めるには足りないというべきであり、原告の実額による主張は認められない。

3  売上について

前記争いのない事実、甲第一号証、第六号証の一ないし三、第一三号証の三〇、第一六号証の二七、第一七号証の二六、二九、第一八号証の三九の二、第二一号証の一七五、第二二号証の一二、第二七号証、第三七、第三八号証、証人西岡順子の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 順子は、時に売上に係る振替伝票の作成を失念し、翌月以降に気が付いて帳簿に追加、訂正して記載することもあったところ、前記のとおり確定申告書においては所得金額の記載しかなく、売上金額の記載がなかったのであるが、審査請求時において原告が主張した所得金額は、確定申告時の額に比べ、昭和六一年分で約一四〇万円、昭和六二年分で約八万円、昭和六三年分で約四〇万円の増となっている。

(二) さらに、本訴で原告が主張する売上金額は右審査請求時のそれと比較しても昭和六一年分で約四六万円、昭和六二年分で約一五一万円、昭和六三年分で約一七六万円、それぞれ増加しているが、右審査請求時に原告が売上として主張していた額は、本訴において原告が売上収入の証拠として提出している売上帳簿(甲第二七号証)に記載されている数値とほぼ一致するものであり、したがって、原告の本訴における売上主張額と審査請求時における売上主張額の差額分に近い額が右帳簿の記載から漏れていることになる。そして、これらのほとんどは本訴において被告が売上の記帳漏れを指摘した結果、原告も売上と認めたものである。

(三) 順子は、従業員の賃金の計算のため、出面帳(甲第六号証)と称する帳簿を作成して、従業員の出勤状況や仕事現場、得意先名、残業時間を記載し、これに基づいて賃金の額等を計算して記帳するとともに帳簿の給料の勘定科目に記載していたが、この出面帳に仕事現場として記載されているにもかかわらず、帳簿(甲第二七号証)上売上の記載がなく、また、原告主張の右売上の中には含まれていないものがある。

(四) 原告は、ジュース類の自動販売機を設置していたが、その売上については原告主張の売上には含まれておらず、帳簿上も全く記載がない。

(五) この他にも、振替伝票には売上として記載されているが、帳簿(甲第二七号証)上これに対応する記載がなく、原告が売上として主張していないもの(昭和六一年八月二五日付けの中央建設に対する売掛金一二五万円=甲第一七号証の二六、同年九月二五日付けの売掛先不明の売掛金五一万円=甲第一七号証の二九、昭和六二年五月一九日付けの売掛先不明の売掛金二五万八〇〇〇円=甲第一三号証の三〇、同年六月一五日付けの野崎自動車に対する売掛金三万五八〇〇円=甲第二一号証の一七五)、あるいは振替伝票又は銀行預金通帳の記載と帳簿の記載とに金額の齟齬のあるもの(昭和六一年七月三一日付けの松宮電気工業分の二〇万〇二〇〇円と二一万九七〇〇円=甲第二二号証の一二、同年八月一一日付けのミナトラジオ分の七八万五〇〇〇円と三八万五〇〇〇円=甲第一六号証の二七、昭和六二年一二月一六日付けの門口工務店分四万五〇〇〇円と四万二〇〇〇円=甲第一八号証の三九の二)、原告が売上として主張していないものの、帳簿では金額の記載があり、売上先が空欄となっているものがある。

(六) 売上に係る振替伝票、請求書控、納品書控等が提出されていない。

4  経費について

原告は、その主張に係る必要経費の証拠として、甲第四号証、第五号証の一ないし一四、第七ないし第一四号証、第一六ないし第一九号証、第二一ないし第二五号証及び証人西岡順子の証言を提出、援用する。しかし、右各証拠については、

(一) 仕入については、帳簿(甲第四号証)の記載上、品目の名称、数量、単価等の記載がないものがほとんどであり、これに対応する領収証、請求書、納品書等によってもこれらが明らかでないものが多い。

(二) 仕入以外の経費についても、帳簿の記載を裏付ける資料として領収証がなく振替伝票しかないもの(これについては出金伝票を作成していたと証人西岡順子は供述するが、出金伝票は提出されていない)や領収証があっても宛名が上様名義あるいは宛名の記載がないものが数多くあり、原告以外の宛名のもの、領収証や振替伝票と帳簿の記載との間に金額や日付の齟齬のあるもの、帳簿及びこれに係る領収証類によっても事業との関連が明らかでないものも相当数見受けられるほか、事業と明らかに無関係の支出であるものも存在する。

5  原告の主張による本件係争各年分の算出所得率はそれぞれ23.66パーセント、25.45パーセント、19.75パーセントとなる(ただし、特別経費及び事業専従者控除分は経費に含まれないものとして算出)ところ、昭和六二年分を除いては前記二2において抽出した二一名のすべての同業者の算出所得率(別表2―3ないし5参照)を下回っているが、これについて納得できる合理的な根拠はなお見当たらない。

四  結論

以上のとおり、原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、いずれも本件各更正処分におけるそれを下回るものではなく、したがって、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分はすべて適法であり、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官福富昌昭 裁判官加藤正男 裁判官大島道代)

別表1

課税処分等の経緯

(単位:円)

年分

区分

受理又は処分等

年月日

事業所得の金額

申告納税額

過少申告

加算税額

昭和61年分

確定申告

昭和62年3月13日

1,855,000

5,200

更正処分等

平成元年12月20日

5,093,512

477,300

23,500

異議申立て

平成2年1月19日

1,855,000

5,200

異議決定

平成2年4月17日

棄却

審査請求

平成2年5月17日

1,855,000

5,200

裁決

平成3年5月31日

棄却

昭和62年分

確定申告

昭和63年3月11日

1,612,500

7,500

更正処分等

平成元年12月20日

3,118,484

165,900

15,000

異議申立て

平成2年1月19日

1,612,500

7,500

異議決定

平成2年4月17日

棄却

審査請求

平成2年5月17日

1,612,500

7,500

裁決

平成3年5月31日

棄却

昭和63年分

確定申告

平成元年3月13日

1,787,200

7,600

更正処分等

平成元年12月20日

4,801,640

318,200

31,000

異議申立て

平成2年1月19日

1,787,200

7,600

異議決定

平成2年4月17日

棄却

審査請求

平成2年5月17日

1,787,200

7,600

裁決

平成3年5月31日

棄却

別表2―1

事業所得の金額の計算書

(単位:円)

項目

年分

昭和61年分

昭和62年分

昭和63年分

摘要

売上金額

16,754,745

15,926,995

22,069,065

別表2―2

平均算出所得率

(36.29%)

(34.38%)

(35.43%)

別表2―3

別表2―4

別表2―5

算出所得金額

6,080,296

5,475,700

7,819,069

①×②

特別経費の金額

(利子割引料)

250,807

307,228

260,269

別表2―6

事業専従者控除額

600,000

事業所得の金額

5,829,489

4,568,472

7,558,800

③―④―⑤

(注)③「算出所得金額」欄の金額は,1円未満の端数を切捨て処理している。

別紙別表2―2ないし2―6、3 <省略>

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